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2009年3月22日 (日)

見えてきた希望:リハビリの開始

発症してから数日を経て、CTで出血が止まったことが確認された。結局止血剤の点滴のみで止血した。発症から5日後の11/17のmixiカキコに止血が確認され、いよいよリハビリが開始されると書いていた。翌18日の日記にはリハビリ開始前の検査が行われたと書いた。

この検査で手足の感覚がどうなっているのか、どう動かすことができるのかを細かく調べた。この検査前では、母と兄はオイラは一生車椅子になる可能性もあると医者に脅かされていたらしい。しかしこの検査後、左手の機能回復はどこまでなるかわからないが、足に関してはリハビリで歩ける様になるだろうとのことであった。

オイラ自身は左手足の知覚がかなり鈍っていて、何処に自分の手足があるのか?触ったものの温度感覚や触感が鈍くてよくわからず、かなり落胆していた。それでも手足の指などは動かすことが出来たので、それで歩行は回復すると思われたようだ。この検査によってやっと絶望のふちにいたオイラの心に希望の灯がともったのだ。

そして発症からちょうど1週間後の11/20から本格的なリハビリが始まった。いろんなストレッチやマッサージ、平行棒に捕まりながらの歩行訓練、左手での雑巾がけやものの掴み取り、言語や認識などの感覚機能のテストなど。出血したのが右脳だったので、左の顔面神経がやや麻痺していてしゃべりにくかったが言語機能はやられていなかった。図形認識や感情なども各機能の異常はなく、左半身の運動神経と触感などの知覚神経のみががやられたようだった。こうしていろんなリハビリや検査が同時に始まったのである。

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コメント

当初は車いすでの移動だが、車椅子の乗り降りも見守られてなければ勝手にやってはいけなかった。
当然初期の自主訓練リハビリはベッド上で寝ながらできることに限られた。

兄は超早期のリハビリ開始のために、救急で搬送された病院からリハビリ専門病院への転院をすすめた。リハビリ専門病院も当初大部屋があいてない状態だったが、とにかく発症後3カ月以内が勝負とのことで、大部屋が空いたらすぐに移動するという条件でとにかく個室からでもよいからすぐに本格的リハビリを開始するということになった。個室には結局2週間ほどいたが、お金がかかったかもしれないが結果的に回復が早まり退院も早まったのではないかと思う。兄のこの選択は正解だったと思う。

ストレッチやマッサージだけを繰り返しやってもらっても、神経は再生しないそうで、自分の意思、意図したとおりにいろんな動作で手足を動かす練習をすることが大事なんだそうだ。

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