フォト

マイ ホームページとオリジナルソングのライブビデオ

« ソレは突然の出来事だった!:脳内出血で倒れる | トップページ | 見えてきた希望:リハビリの開始 »

2009年3月22日 (日)

絶望の日々:発症からリハビリ開始まで

携帯電話を使用禁止なのに使っているところを見つかって、2度にわたって取り上げられたこともあってか、オイラは発症後1週間のmixへのカキコはあまりしていませんでしたが、発症翌日にすぐに見舞いに来た音楽仲間の女性がいろいろ状況をmixiに報告してくれていたのでそこから多くの人に入院が知れ渡ることになりました。

発症翌日に見舞いに来た音楽仲間によると「何処も痛くはない。」と「ギターが弾けなくなるかも」がオイラの第一声だったそうな。「左手足の感覚がない。」ということだったらしい。もともと不眠症で物事を考えすぎてしまう性格だったので、この頃は毎日病院のベッドに横向きに丸まって隠れながら自分の直面した不幸や自分の将来を案じて嘆き泣いてベッドを涙で濡らしていた。頭ははっきりとしていたし、余計に「オイラはまだまだ大丈夫だよー!」という心の叫びが大きかった。

ケータイで同じ病気(右半身片麻痺で左右の違いがあったが)の経験のある知り合いギタリストに状況を報告し助言を求めたり、兄がネットでこの病気のことをよく調べてくれたりした。またNHKで”戦うリハビリ”の特集もあった年で、いろんな情報がケータイや人伝えでオイラに知らされた。とにかく「必ず良くなるから諦めないでリハビリで治すという強い意志を持つこと」が必要だと諭された時期であり、多くの人から励ましをしていただいた。感謝感謝なのである。

リハビリは超早期に開始する方が効果がああるそうで、まだ意識が朦朧としているときからでも始めるべきという意見もあるそうだ。オイラは脳内出血の止血が確認されてからの発症後約1週間後からリハビリが始まった。兄がそのことをネットで調べていたので、リハビリがまだ始まり前から見舞いに来るたびに兄や母、兄の嫁がとにかくオイラの手足を動かすようにさせたり、手足にいろんな刺激(ツボ刺激の道具などを使った)を与えたりしていた。

この時点で左手足の感覚は鈍く、自分の手足が何処にあるかわからない状況だったが、左手の握って開いてとか左足つま先をあげたり下げたりの動作をやらされていたようで、、その動作は自分の意思でも動いていたらしい。

今思うともっとこのときに積極的にベッド上で横たわって、左上肢に関しては左手肩の上げ下げやひじの曲げ伸ばし、手首の曲げ伸ばし、手の指の曲げ伸ばしなどの単純動作の訓練をもっとやっておけばよかったと思っている。左下肢ではひざやもものの曲げ伸ばし、足首の曲げ伸ばし、つま先の曲げ伸ばし等の単純動作をタクサンやっておくべきだった。ベッドの上で横たわった状態で出来る動作で良いのだ。

必要なのは誤解しないで欲しいが、コレは決して筋肉トレーニングではない。神経の再生(つなぎなおし)なのである。やられたのは神経であり、筋肉は固まったり弱くならない程度に動かしておけばよいのだ。とにかく、4ヵ月後に退院した今思うことはこの発症後すぐの超早期のリハビリをしっかりやっておけば、もっと早く再生し、退院していただろうと感じているのだ。

« ソレは突然の出来事だった!:脳内出血で倒れる | トップページ | 見えてきた希望:リハビリの開始 »

リハビリ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ソレは突然の出来事だった!:脳内出血で倒れる | トップページ | 見えてきた希望:リハビリの開始 »