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2009年4月の記事

2009年4月29日 (水)

入院して性格が変わったかなぁ?

この病気(片麻痺)になってから性格が変わったのかなー?と思うことがいくつかある。主なところは以下の点かなぁ?

1.イライラしやすくなった。
これは片麻痺の人には多いんじゃないかな?自分の思い通りに手足が動かないものだから、何かにつけイライラするのだ。

Yシャツのボタンがうまく留められなければ、「クリーニング屋のヤツ、カチカチにノリづけしやがって!」手で運んでいた本や書類がバラけて落ちれば、「運びにくいなぁ!ちゃんとホチキスして、袋に入れておけよ!」歩いていて躓けば、「杖が短くて、サイズが合わないんだよォ!」(オイラの杖は母のススメで、父の形見を使っている。)

医者から血圧が高くなることを避ける様に言われている。再発する可能性があるからだ。イライラしたり、焦ったり、感情的になったり、ラジバンダリ…(失礼!)すると血圧が上がるのだ。そう思うと余計イラっとしてくる。

2.含み笑いをよくするようになった。
入院中、血管の検査で、くすぐったくて笑いがこらえられず、なかなか検査が出来なかったことがあった。コレは物理意的にくすぐったかったのだが、リハビリの訓練中に、簡単な動作が動かずに出来なかったりすると、そんな自分に思わずクスクスと含み笑いをするようになった。それ以降、やたら何かを思い出したり、考えたり、想像したり、ラジバンダリ…(失礼!)するたびにクスッと含み笑いするようになった。ソレが今でもずっと続いている。

これはさほど困ったことではないが、真面目なことや真剣なことの最中に笑いがこらえられなくなったら失礼だろうな、と思う。今のところそういう場面に出くわしていないが…。

2009年4月26日 (日)

「必要はリハビリの母」、ははは。

「必要は発明の母」とかいいますが、オイラが最近感じているのは「必要はリハビリの母」とでもいいましょうか。自分をそうせざるを得ない状況に追い込むと動かなくなったものも動く様になるということである。

例えば、リハビリにCI療法というのがあって、これは数日間にわたって非麻痺手側を拘束して、麻痺手で何でもやらざるを得ない状況に追い込むと麻痺手の回復が早まるというものである。例えば麻痺手で字を書かなきゃいけない、お箸をもたなちゃいけない、歯をみがかなちゃいけないとなると、動かなかったものがちゃんと動くようになるということだ。

オイラも入院中、わざと使える右側を使わずに左だけでいろいろやってみたりした。いらいらしたり、あせったり、して血圧が上がってしまうとよくないのだが、そうならない程度にやってみた。

昨晩は大雨だった。オイラは杖歩行なので雨が降ると右手に杖、左手に傘でやっかいなことになる。それでもオイラの見舞いに来てくれたミュージシャンのライブにお礼を兼ねて関内まで行ってきた。風が吹くと傘を持つ左手が煽られて返ってしまう。傘がひっくり返らないようにビミョウに力をいろんな方向いれたりして歩いた。これはいい左手の訓練になった。

風が強いと今度は傘を右手でもって、杖なし歩行になる。これも杖なしで歩く良い訓練だ。とにかくライブハウスまで行かなくちゃいけないんだ!と決心してバリバリと歩き進んだ。左手も左足も結構耐えられるものだ。良い訓練になった。

帰りの電車では偶然バンドメンバーのK氏と馬車道駅で一緒になった。ライブ復帰の話になった。これもやるとなればそれに合わせるように回復が進むのだろう。
今日は午前中にトレッサまでウォーキングした。12時までに戻ることにしていたので急いだ。普通なら30分で歩けるが今のオイラの足では45分かかる。行きは遅れてしまったが、それでも12時までになんとか帰らなくちゃならないとなると、帰りはちゃんと急いで歩ける様になるものだ。

んー、「必要はリハビリの母」なのである。ははは。

2009年4月23日 (木)

リハビリオタクへの道

今日は午前中は通院リハビリであった。退院後は週一度のペースで通いでリハビリをしている。医療保険の関係で発症後半年まではリハビリも医療保険がきく。保険が利く期間いっぱいまで通いでリハビリしましょうということだった。

退院後復職するまでは時間があったので、通院以外でも自宅や自宅周辺(オイラの場合は鶴見川沿い)で毎日数時間の自主リハビリトレーニングも行った。やはり復職してからは通勤で時間がなくなって当初やっていた夜トレーニングも最近ではあまりやっていない。ギターを弾くぐらいなものだ。

そういう意味で通院のリハビリは重要だ。多くの人は保険が利かなくなる半年でリハビリが終了してしまう。この期限を改定させようという運動はあるようだが、まだ厚生労働省は動かない。来月にはオイラも発症後半年経過となる。お医者さんと相談するのだが、果たしてどうなることか?

「発症後180日以降のリハビリは統計的にあまり効果が見込めない」というのが保険の期限の理由のようだ。実際には半年以上経過してから機能が大きく回復した事例も世の中にはいくつかあるのだが…。国としては予算をなんとか節約したいらしい。

ま、自主リハビリだけでも何とか時間取ってやり続けないとねー。脳の可塑性のこととかいろいろと調べながら、オイラは自主リハビリのオタク・鬼になるのだッ!ヤー!←気合い

2009年4月20日 (月)

馬場に移転して音楽室DXになってオープン

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青山の音楽室が高田馬場に移転して「音楽室DX」となって再オープンした。オイラは六本木にあった当初の段階からこのお店にはお世話になっていたので、昨晩の再オープンにも花束を抱えて行ってきた。

http://www.ongakushitsu-dx.jp/

副都心線に乗るのは始めてだった。渋谷から西早稲田まであっという間だ。新しい地下鉄は身障者用設備も整っていて綺麗で楽である。地下かなり深いところにあるようだけどね。

bakuさんやshuさんなど懐かしい顔に久しぶりに会えた。オイラはまだ杖歩行状態だけどとにかく元気で生きてるところを見せたかった。
禁酒中だったので(実は最初、乾杯ビール飲みましたが…)、2時間半ほどで帰りました。2グループのステージだけ見ることができました。

お店は前と同じように赤(オレンジ)と白を基調とした内装。客席もステージも前よりも広くなった感じだ。満杯で60人以上は入るかな?写真(演奏前、開店直後)の左側がステージで右側が客席の一部だ。写真には写ってないが客席の真ん中後方にちょっと邪魔な柱がある…。

<出演>
・Cutting edge
石井完治(G)、奥田やすひろ(Dr)、寺内 茂(Tp)、高瀬 順(Pf, Key)、松谷冬太(Vo, AG)、吉岡大典(B)
・Ino-shu
井上尚彦(Dr)、shu(Vo, AG)
ゲスト: 納 浩一(B)、矢吹 卓(Key)大橋勇武(G)
・ももかん
丸山ももたろう(AG)、石井完治(AG, Vo)
・Low×Rex
岩田浩史(AG, Vo)、大橋勇武(G)

他にも大阪から来たバンドとかセッションとかやったみたい。

六本木からは少し行きにくいけど、東横線と副都心線がつながれば綱島からは行きやすくなるなぁ

2009年4月18日 (土)

強い闘争心より強い向上心~脳の可塑性を進行させる

ギターでのリハビリのことでぐぐって検索していたら、クラシックギターの村治佳織の右手後骨間神経麻痺のことがヒットした。そうか、違う病気だが彼女も手が麻痺したのだ。彼女の場合、1ヶ月ほどで回復し3ヶ月でコンサートに復帰したようだ。このとき、「彼女は多分、昔スパルタ指導を受け、そのおかげで今の強い精神力を得たのだろう」とするブログも検索された。

シゴイて育てるのが良いのか、褒めて育てるのが良いのかという指導論・上達論についての個人的見解がかかれたものであったが、ちょっとコレは違うなぁと思った。脳の可塑性を進行させるのには本人の積極的意思が回復、可塑性を早めると検証されているようだ(脳の可塑性については以前の日記を参照)。つまり、本人のやる気を起こさせることが重要なのだが、その人はシゴキ型で「コンチクショウ!」と闘争心を起こさせるのが良い、褒めても精神力はつかないという意見であった。

オイラの考えでは闘争心は一時的な激情型のものであり、これだけではやる気は長く持続し得ないように思えるし、相手を負かしたり、自分がトップになったりしたとたんに目標がなくなってモチベーションを失ってしまう。本当の精神的な強さは闘争心のような対他人との関係で生まれるものではなく、自分の中にある美学?理想?の強さにあると思う。闘う相手は他人ではなく自分なのだ。完璧で納得できる極みに到達したいという強い向上心があれば、トップに立っても強い意志を持ってさらに上を目指して進化し続けることができるのであると思う。

ウィンブルドンでのボルグやメジャーの記録をタクサン塗り替えたイチローも、努力し進化し続ける原動力は強い闘争心ではなくて強い向上心なのではないかと思うのである。

2009年4月15日 (水)

身体拘束とナースコール

入院中、勝手にベッドから出ようとしてベッドからずり落ちたことがあった。
まだ、体がちゃんと動かず、車椅子への乗り降りも"看まもり"状態のときだった。
トイレに行きたくなってナースコールを押したのだが、看護婦が忙しいらしくて何回押してもいくら待っても看護婦が来なかった。看護婦の人数足りないんじゃないの!!!トイレも我慢できず、しょうがないので自力でベッドからやや離れた車いすを寄せようとしてベッドをお尻からズルズルとずり落ちたのだ。

それ以来しばらく、ベッドの柵を四方に入れられてしまったが、オイラがそれをすぐに自分で外すので怒られた。それで、「ナースコールで呼んだって来やしないじゃないか!」って逆切れしたら、納得してくれた。それ以来、車椅子をベッドにくっつけるように置くようにして、自力で乗り降りができるようにし、ナースコールも比較的早く来るようになった。

身体拘束ねぇ…、患者が動こうとするのはそれなりに理由があるのですよ。わかってあげてその上で対策考えないとないとね。
それから、不思議と高齢者ほどナースコールが押せないらしくて大声で看護婦を呼んでいた。大部屋の場合、他の人が代わりにナースコールを押してあげるということがよくあった。何故、ナースコールが押せないんだろう???

2009年4月14日 (火)

会議中に欠伸(あくび)

今日は復帰後最初の研究報告会議(お偉い先生方の集まる会議)があった。
本来、オイラが担当している研究はオイラがプレゼンするのだが、まだオイラは復帰間もない状況だったので今回は上司が代わってプレゼンした。

なんか会議中に考えているとあくびがよく出た。脳出血を起こした人は脳が酸欠状態になるとあくびがよく出るのだという。オイラは入院中、意識して欠伸しながら手足の筋肉を伸ばすことをよくやっていた。欠伸しながらストレッチをすると逆側に反らなかった麻痺手の指や手首が曲がるようになったりしたのだ。しかし、社会復帰後の会議中ではちょっとやばいよねー。思わず深呼吸をして酸素を補給した。

今は入院時からの習慣で夜は10時になると眠くなって寝てしまうのだ。決して寝不足ではない。んー、なんかあくびを減らす良い方法ないかなぁ?

2009年4月13日 (月)

試着室なんか嫌いだッ!!!~片麻痺の実生活

試着室なんか嫌いだッ!!!

このブログに、片麻痺での実生活でのいくつかの不便を書いた。
そのときは、左側通行や階段手すり、早歩きの世の中、下りエスカレーターがない、衣服の着脱や袖口のボタンの不便、杖を持った時の不便などを書いた。

昨日は新しいスーツを買いに紳士服店に行った。選んだところまでは良い。困ったのは試着である。試着コーナーは狭く手すりもない。以前退院してすぐ和食料理店に入る時に靴を脱がねばならず、椅子も何もないので立ったまま靴を脱いだり履いたりするのに苦労をしたことがある。片麻痺だとなかなか片足立ちの姿勢で複雑な動作はできないのだ。

試着コーナーに入るのに靴のことで苦労をし、中に入ってカーテンを閉めたら、今度はズボンの着脱、試着に困った。家では座った状態でズボンに足を通している。靴と同様、立ったままでは難しい。手すりもないので店員さんの肩でも借りようにもパンツ姿ではカーテンを開けられないし、店員がそばにいないようだった。結局、床にズボンを置いてズボンに足をのせるようにくぐらせてなんとかズボンを履いた。

オイラは入院中に片足立ちの練習をずいぶんしたのだが、立った状態で靴やズボンの着脱をするにはもっと片足立ちがしっかりしないといけないのである。かがみこむのも麻痺足の膝や足首がいまいち不自由でうまく安定しない。床にお尻から座り込むのも苦手だ。立ち上がりにくいのだ。まァ、練習あるのみだなぁ…。

2009年4月11日 (土)

もう死んじまってもいいかと?~11月の雨

思えばあの悪夢の朝も11月のことであった。オイラの高校時代の親友は脳内出血(くも膜下)で亡くなっている。ソレは秋(10月)のある日だった。オイラの場合は危うくのところで死を免れた。その代わり片麻痺で左半身が不自由になり、リハビリの日が続いている。
このページの左の欄のオリジナルソングのライブビデオのリンクにもある「11月の雨」は3年前の11月に詞を書いて、翌年春に完成した悲しみに沈む11月を歌った曲だ。下に歌詞をのせておきました。見ながら曲を聴いて下さいね~。

「11月の雨」   作詞:マディ綱島&ジャック宮田 作曲:マディ綱島

ライブビデオのリンクはこちら
http://www.youtube.com/watch?v=lJujRyCC0UI

足音だけが響いている 灰色の街角
人はうつむき加減に この道、通り過ぎてゆく
こんな夜は、こんな時は、人恋しくなる
もう死んじまって いいかと 君はつぶやくよ, OH,HEAVEN

10月の木漏れ日の頃は、まだ
温もりを 分かち 合えたのに
飲み干せやしない グラスは、まだ
心のこりが  あるのか  
春になって 忘れるから
今は降れよ November rain

とても冷たい こごえそうな 秋の夜には
息苦しくて眠れない 誰もそばにはいやしない
一人きりでたたずんでる 窓の外では
俺の代わりに 泣いてくれよと 花につぶやくよ OH,HEAVEN

10月の木漏れ日の頃は、まだ
温もりを 分かち 合えたのに
飲み干せやしない グラスは、まだ
心のこりが  あるのか  
春になって 忘れるから
今は降れよ November rain

誰にもみえぬ 部屋には
窓にぬれる君のすがた
喉に注ぎ込んでく Old hot wiskey and wine

10月の木漏れ日の頃は、まだ
温もりを 分かち 合えたのに
飲み干せやしない グラスは、まだ
心のこりが  あるのか  
春になって 忘れるから
今は降れよ November rain
今は降れよ November rain
今は降れよ November rain

 11月の雨って、気分が深く落ち込んでいくぐらいとても冷たくて暗いんですよね~。聴いたら感想聞かせて下さいね~。

2009年4月 9日 (木)

脳の可塑性(かそせい)って一体どうすれば…

去年あたりからNHKの番組(「闘うリハビリ!」や「ためしてガッテン」など)で脳の可塑性をテーマにしたリハビリについて特集している。発症から何年以上が経過しても手足や言葉は回復するのだという。脳には可塑性があって、悪くなった機能を脳の他の部分が補うようにその機能を代理する様になるというものだ。

さすがにそれは興味津々の人は多いだろう。もちろんリハビリは発症後すぐやるにこしたことはないが、治る見込みがあるのならばね。で、当然オイラもこのことについてネットで検索してみる。医学博士の論文からテレビ番組まで出てくる、出てくる。でも関心の「どうしたら脳の可塑性がより早く確実に進むのか?」についてはよくわかってないようだ。

ただわかっているのは、「本人にやる気があって、あきらめずにリハビリを続けること」ぐらいなものだ。そのために、小さな目標から立てたり、補助してあげたり、できたら褒めてあげたりとか…。結局やる気を持続させる方策ばかりである。

誰かこの脳の可塑性を進行させる何か良い方法があったら(見つかったら)コメントしてください!おねがいしますッ!

2009年4月 7日 (火)

音楽室DXとして青山から移転して高田馬場に再開!

オイラも何度か出演させていただいた青山にあったライブハウス「音楽室」が高田馬場に移転して、「音楽室DX」として4/19から再始動するらしいです。どうぞよろしくです。
HPはこちら↓
http://www.ongakushitsu-dx.jp/

ちなみにこのブログの左の欄のリンクにある「オリジナルソングのライブビデオ」は全て2007年10月に青山「音楽室」のマディバンドライブが撮影されたもので~す。前の青山のお店もこぎれいで音響の良いお店でした。新しいお店も楽しみで~す。

2009年4月 6日 (月)

もうすぐ一ヶ月

3/7に退院してからもうすぐ一ヶ月になる。この間に、3/16から職場に復帰、週に一度、通いでのリハビリが始まった。明日には2回目の会社の産業医との面談があり、その後はいつもの通常業務に戻る予定だ。

会社では退院後しばらく気を使ってもらってたので、勤務時間も短くして、当初は短時間でできる業務から復帰を始めることとなった。復帰後に最初に与えられた業務としては、東京で生活している外国人にいろいろ東京や東京での生活に関してインタビューをしていた。相手は合計11人で、国籍はアメリカ、中国、韓国、イタリア、シンガポール人と様々であった。その他、パソコンを新しくしたのでそれをずっといじってたりしていた。そしてこの後、入院前からの担当していた研究業務に復帰することになりそうだ。

生活の方は左手足が以前より不器用になったという程度なので特に困ってるというほどのことはない。動作が遅いのでなるべく時間に余裕をもって行動するようになった。退院後母が実家から出てきて世話してもらっている。先日から母は一時的にではあるが大磯の実家に戻っているので、久しぶりにこのところ一人暮らしの生活に戻っている。入院中の健全な生活習慣が今のところずっと続いている状況だ。暇なときはギターばかりひいている.仕事が本格復帰するとなると、今後はストレスがたまらない様に気をつけなくちゃいけない。ストレスが高血圧の最大の原因であることは間違いないのだ!再発はもう二度とご免だしねー。

2009年4月 4日 (土)

オリジナルソングのライブビデオ

オリジナルソング数曲のライブビデオ(2007年10月の青山「音楽室」でのライブ)をYpuTuibeにのせてます。このブログでもリンクを貼ることにしました。

このページの左側の蘭にホームページへのリンクと共にオリジナルソングの曲ごとのライブビデオのリンクがあります。全てマディバンドのオリジナルソングです。どうぞご覧になってください。

2009年4月 3日 (金)

代々木上原ターブルでお手軽フレンチ

昨日の日記で書いた六本木の「マキムシ・セツ」から代々木上原に「ターブル」をオープンさせたシェフ、ジャンピエール山岡氏に会いに早速、今日食事に行ってきました。ワンコインフレンチと本人が言うとおり、リーズナブルで美味しい料理がいただけました。

以下おまかせで料理をお願いしました。

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まずはうにとロースとビーフのスプーン(名前違うかも…)

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たこのマリネ¥735と焼きたてパン

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トリッパトマト煮¥945

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スペアリブ¥945

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新玉葱のロースト¥840

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メニューにないデザートも作ってもらいました。

どの料理も美味しかったです。ワインを飲んでご機嫌に!(オイラは禁酒中でウーロン茶でしたが…)安くて美味しいです!

2009年4月 2日 (木)

マキムシからターブルへ!

オイラのこのブログのアクセス統計で「マキムシ・セツ」(オイラが何度かライブをやらせていただいたことがある六本木のフレンチレストラン)での検索によるものが少なからずあった。

「マキムシ・セツ」は今でも相変わらずミッドタウン脇のあの場所で営業を続けているはずです。ただし、シェフのジャンピエール・山岡氏は辞めて、代々木上原に新しいフレンチレストラン「ターブル」を今年になってはじめました。

ホームページもあります。 http://yoyogiueharatable.web.fc2.com/

オイラは山岡氏とは学芸大「エートレイン」常連時代からのマブダチなので、近々ターブルへ食事に行くつもりです。興味のある方は是非どうぞ~♪

2009年4月 1日 (水)

失われた闘争心と強くなった自立心:退院後の実生活で

4月になった。入社・入学式のシーズンだ。うちの会社にもフレッシュでやる気満々の新人たちが入ってくる。3/7に退院して3週間が経過した。この3週間は復職もあって、他の退院後のいろんな手続きややっておくこともあっていろいろと忙しく動き回った。その過程でいろんなことを経験し、考えさせられ、いろんな感情を覚えた。

全体的にもともと持っていた性格がより極端に表れるようになってきたように思う。その一つは「闘争心の欠如」である。もともと、争い事や競争、他と比較されることが嫌いで、人との競争をかきたてられるとかえってやる気を失ってしまう性質だった。「人のことなんてどうでもいいだろう!自分がこれでいいと思うかどうかだ!」みたいな感じだった。

この病気になって倒れて、リハビリを頑張って、競争や無理して頑張ることに疲れたのかも知れない。「ほどほどに生活できれば幸せだ。無理してまで出世なんかしたくはない。」という感じだ。ハンディキャップを背負ってまで戦う意味を見いだせなくなっている。現在は闘争心ゼロに近い状態といえる。自分が頑張るのは自分が自分に納得できるかどうかのみなのである。他は全く関係がない。オイラすっかり草食系かもッ!

もう一つは自立心である。多分、片麻痺のような障害を抱えると皆そうなるだろう。人や社会に依存して生きるのは窮屈で辛くとてもやりにくい。なるべく一人でちゃんと何でもやっていきたい、やらせてくれぃ、と思うようになるのだ。何をするのも時間かかるけどちょっと手足が不器用なだけで、一応何でもできるのだァ。

まぁ、おいらも難しくて扱いにくい人間になってきたものだなぁ…。なんて最近では感じている。ハハハ(笑)。

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