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2009年5月の記事

2009年5月29日 (金)

触覚・知覚麻痺の演奏上などでの問題

 脳内出血発症、片麻痺してから半年以上が経過した。今でもまだ少しずつ手足や体幹の状態は良くなってきているように思う。実際の生活の中で歩いたり、ギター弾いたりしてるだけだが、ちゃんと通院リハビリが継続できて、療法士に診てもらいながらやった方が回復度合いがいいんだろうナー、とか思いながらも自分で考えながら頑張っている。

でも問題がある。動作の方はいいのだが、手足の知覚はあまり改善されてないのだ。左手はギターのおかげでかなり動くようになったのだが、知覚は右手の半分もないような鈍さだ。例えば、左のズボンのポッケにハンカチとティッシュを入れてあって、それのうちティッシュだけをとろうとすると、まず、見ないで左手でズボンをまさぐろうとするのだが、どうもズボンのポッケがわからない。右手は杖を持っていて使えない。目で確認すると左手は上着の裾の上をまさぐっている。慌てて上着の裾をめくってズボンのポッケを探す。今度はハンカチとティッシュの違いが左手で触ってもわからない。しょうがないので両方取り出して、ティッシュを口にくわえて、ハンカチをポッケに戻す。また上着が邪魔をする。ええい!もう!厄介だ!!こんな感じなのである。思わず、杖を右から左に持ち替えて、右手で左のポッケを使いたくなる位だ。触った感触がわからないので目で見てないとダメなのだ。

ギターを弾いていても、目で左手を確認しながら弾いているときは良い。大分動くようになってきた。でも、目を左手から楽譜などに移していると、ミュートしたような音がでているときがある。そう、左指がしっかり弦を抑えていないのだ。左手の握力ももう回復している。単純にちゃんときれいに真上から押さえていないだけなのだ。左指の触感がしっかりしていれば見なくてもすぐにそのずれを修正できるのだが、今は目で見ながら修正する。左手から目が離せないのは厄介だ。

触感を回復するリハビリというのはやっていない。作業療法で大分前に、ブラックボックス:箱の中のいろんなものを見ないで触る訓練、をしたことがあったなぁ…。そのぐらいしかやってこなかった。日常生活の中でもっと左手でいろんなものを触ったり、掴むのがよいのだろう。

左足もそうだ。一度飲食店で高くて足が届かない椅子に座っていて、左の靴が脱げていたことに気がつかなかったことがあった。足の裏は結構敏感な部分だが、つま先側はよくわかるが、かかと側は感覚が鈍い。しばらく座ってから立ち上がるとたまにちゃんと立っているのにつま先立ちしているような錯覚にとらわれることがある。んー、なんか手足からの触覚情報が弱いと微妙な手足の動作コントロールに影響するんだよなー。なんとかしたいものだ。良い訓練方法ないかなぁ?

2009年5月25日 (月)

嫌な予感が…。

沖縄が18日で梅雨入りしたんだってぇ!?なんですとぉ、しかも例年より遅いと!
そうか、もうそんな季節かぁ…、オイラが一番苦手とする時期ジャン。
まずジメっとした湿気がとにかく苦手で、しかもこの時期、だんだん暑くなってくると、毎年不眠症に突入するのだ。オイラの場合、不眠症と早朝高血圧が連動している(よく眠れなかった時の朝は必ず朝の血圧が高くなる)ので、余計にこの時期は気になるのだ。

最近は早朝に目が覚めてもすぐには起き上がったりせず、しばらく深呼吸などをして、ベッド上でゆっくりして落ち着いてから、徐々に行動するようにしている。朝に脈拍が速いナ!と感じたりすると非常に怖いのだ(脈が速くても血圧が高いとは限らないんだけどね…)。脳内出血で倒れた時の記憶・イメージが脳裏によみがえってくるのだー。

これからはできればいつも平穏な朝を迎えたいなぁ…
Easy Livingキボンヌ。

2009年5月24日 (日)

Bottle Neckコレクター???~ブルース・ギタリストとしての意地?

そう!オイラは横浜・綱島のブルース・ギタリストなのであるッ!!!たまにはブルース・ギタリストらしいことも書かなくちゃねー。ここ最近の日記はリハビリのことばかりだからね。ライブ活動も去年の11月の頭に関内のジャズクラブ「FarOut」に出演して、すぐその後に高血圧性脳内出血で倒れて入院してしまい、12月の目黒「ブルースアレイ」でのパーティや1月の自由ヶ丘「マルディグラ」のライブと予定していたライブに出演できず、活動停止状態となっている。左片麻痺になったので、ギター復活のための左手リハビリだけでなく、一般生活復帰のためのリハビリ生活をおこなっている。

最近は夜に出かけることも少なく、休日も含めて空いた時間にはギターばかり弾いている。こんなに毎日長い時間ギターに触れているのは高校生・大学生以来ではないだろうか?特に麻痺して以前より不器用になってしまった左手のこともあり、スライドギターばかり練習している。

最近は便利になったものでYouTubeでDerekTrucksのプレイもすぐに動画で見ることができる。オイラが学生時代はライ・クーダーやデュアン・オールマンのプレイを楽譜も映像もないので耳でコピーしていた。タブ譜もあまりなかったので、スライドギターとはどうやったら(どの弦でどう弾けば)こういう風にレコードの音のように弾けるのか?を考えて工夫するだけでも大変だった。指弾きも混ざってたり、とても複雑な弾き方も全部耳だけでコピーしたものだ。社会人になってからは師匠に付いて本格的にジャズギターをマンツーマンで3年間ずっと習い始めていたので、それ以来はスライド・ギターはあまりやっていなかったのだ。

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さて写真は今オイラが使用しているボトルネック(Slide Bar)達である。並べてみたら11本使っているのねー。長さや形、材質、外内径などビミョウに違っているのだ。ガラスタイプとかもっとタクサン持っていると思ったが、多分実家においてってしまったのだろう。今の家にあるのはコレで全てだ。この中で今一番よく使っているのはRockSlideのボトルネックだ。左から4本目,5本目の上部が斜めにカットされたヤツだ。指の関節があたる部分がカットされていたり、指にフィットするように内径が先の方ほど徐々に細くなっていたり、いろいろ工夫されたボトルネックだ。他よりちょっと値段は高めだ。最近ではDunlop Hoolahan Slideのような両側が斜めにカットされて指弾きとスライド・ギターの併用が簡単にできるタイプなどいろいろ出ている。こんなもののコレクターになるつもりはないのだが、ギタリストとしては弾きやすいかどうか、音色はどうか、とかいろいろ使ってみたうえで、こだわってしまうものである。

さて、年内には復帰ライブをやらなければ!と考えている。ライトハンドもまじえた新たな奏法=”タッピング・スライド・ギター奏法”も目下工夫&練習中である。復帰ライブの場所はマディバンドがずっとお世話になっていたお店で考えている。日はまだ未定だが、東京では青山から高田馬場に移転した「音楽室DX」、横浜では「FarOut」でライブハウスのオーナーからオファーをいただいているのだ。乞うご期待なのである。

2009年5月23日 (土)

リハビリから運動療法へ~目的の変化

午前中にウォーキングをした。先日の通院リハビリの終了以来、家でのウォーキングはリハビリとしてのウォーキングから元の高血圧対策としての運動療法としてのウォーキングに戻った。

リハビリとしてやっていたときは運動量や筋トレとは関係なく、脳の運動神経再生のためであったので、後ろ向きや横に歩いたり、腰、膝や足首、つま先などの大袈裟に動かしてその動きを意識しながら歩くものであった。階段も手すりを使わないでゆっくり上り下りする練習をした。したがって遠くに行くこともなく、鶴見川沿いでも綱島駅近辺でもっぱらリハビリをしていた。

ところが最近は元に戻って、目的が高血圧対策の運動療法になってきた。まだ早くは歩けないので、時間的にあまり遠くに歩けないが、2時間は歩くようにしている。階段の昇降も何度も繰り返し、時間を決めてなるべく歩くようにしている。

いまだ、左手足は不器用で、思い通りに動かずイライラすることも多いが、確実に少しずつ良くなってきているように思う。回復を実感しながらやっていかないとなかなか続けるのは辛いよねー。

2009年5月21日 (木)

脳出血の前兆と生活習慣と生活上の不便

ブログでリハビリのことを書き始めてから、問い合わせが良く来るようになった。連絡先を知っている人はメールやmixiのメッセージで、知らない人はブログではなくオイラのホームページの方に載ってるメールアドレスを調べて、直接質問してくる。なかなか、ブログのコメントへのカキコはない。

質問内容は脳内出血の前兆についてが複数件。他は片麻痺の生活上の不便やら、酒害などの生活習慣についてなど。どれも質問者自身が自分に不安材料を抱えているものばかりだ。必死なのはわかるし、答えられるものは答えるけれど、オイラは医者じゃないからね。内容によってはちゃんとお医者さんに行ってね~。

さて、脳内出血の前兆については特に、質問者は不安なのだろう。とにかく、おかしいと思ったらとにかくすぐにお医者さんに行ってくださいね。救急車で病院行けばすぐに診てくれますよ。出血量が少ないうちに行った方が良いです。

オイラは脳梗塞ではなく高血圧性の脳内出血(=脳溢血)でした。倒れる前の日々には血圧がときどき特に高くなったりしましたが、前兆は全くなくて、朝目が覚めたときに早朝高血圧で血管が破れたのでしょう。血管の硬化もあったのでしょうか?起きた時に左手足に違和感を感じて、やがて左手足が動かなくなり、すぐに救急車を呼びました。出血量は25mLで止血しました。血管の破れやすいところ(右脳の左半身の運動神経のある部分、左脳の右半身の運動神経のある部分など)があるようで、運動神経がやられた場合、片麻痺などを起こすようです。

高脂血症で高血圧だと脳梗塞を起こす可能性があります。血管内に血栓ができて血管が破れて出血するのです。これは脳内のどこの血管にできるかによっていろんな症状(前兆)が出るようです。頭痛やめまい、手足の麻痺やろれつが回らなくなったり、いろいろです。しかも脳梗塞は再発を繰り返しやすいそうなので怖いです。小さい梗塞は脳内でよく起こっているそうでその場所によっていろんな障害があるそうです。とにかくおかしいと思ったらすぐに病院で検査ですね。CTを撮ってください。救急車で駆け付ければ予約取ってなくてもすぐに診てくれるはずです。

脳内出血はどこで起きるかによって運動障害、言語障害や記憶障害、知覚・認識障害やひどい時には命も危ないです(くも膜下で出血して亡くなる人は多いです)。日本人の死因トップスリーに毎年常に入ってます。脳卒中という言い方は脳内の出血の病気の総称を言うらしいです。

とにかくオイラは医者じゃないので「おかしいと思ったらすぐに医者に診てもらって」と言うのみです。手遅れにならないうちにね。早めに止血すれば症状も軽いでしょう。酒・生活習慣のことや生活上の不便の話はこのブログの過去の日記やコメントを見てくださいねー。

2009年5月20日 (水)

睡眠時無呼吸症候群とモーニングサージ

再び早朝高血圧の話題である。というのは、退院後2か月半ずっと朝晩の血圧は比較的安定していたが、ここ最近、早朝の血圧が高かったことが2回あったのだ。

一つは横浜Fマリノスファンの友人がうちに泊まりに来た翌朝である。前日夜に友人が来て友人は夜に飲んだり食べたりしたが、オイラはお茶だけだった。オイラは基本的に意思が強いので禁酒禁煙などはストイックに誘惑に負けず着実に実行できる性質なのだ。それでも友人が泊まったので寝つきはよくなくて、睡眠不足ぎみで朝早く目が覚めた。で早朝高血圧だった。

もう一つは今朝の話、昨晩は鼻づまりでよく寝付けなかった。息が苦しくて息をブハッと吸って目が覚める。「あ、睡眠時無呼吸ってヤツだ」と思った。以前はよくイビキをかいたらしい。お酒飲んだあとが多かったようだ。最近はイビキもなくなったし、今は禁酒中だ。久しぶりに無呼吸を意識した。で、睡眠不足気味。で、早朝高血圧。

そう、どちらも睡眠障害時に早朝高血圧になっている。昔、医者から不眠症が高血圧の原因だといって睡眠薬を処方してもらったことがある。ユーロジン→マイスリー→?→エバミールと睡眠薬は変わった。倒れた前の日も睡眠薬を飲んでいた。不眠症は昔からだ。オイラはビビリだ。不安なことがあると昔から眠れなくなるのだ。

とりあえず、 睡眠薬を飲まずに(今結構な種類の薬を服用してるしね)睡眠障害を改善、睡眠時無呼吸を治す努力をしようと思う。なるべく早く横になって、寝る前に水飲んで、横向きに寝て、目覚めた時ものんびりゆっくりと起床しよう。ヤレヤレ、結局また睡眠障害対策かぁ…。

2009年5月19日 (火)

出無精に

なっているというワケではないと思うのだが…。え?デブ症だろって?それも違うヨー(笑)。だが、いろいろ誘いがあったとしても最近は平日の夜は断ったり、やめてしまっていることが多い。
今、というか去年11月のオイラの入院時から、オイラの世話で田舎から母が出てきて自宅にいる。そのため、夕食(しっかりとした減塩食で)を作ってもらっている。それもあって、夜に出掛けるときは、事前に(前日位には)ちゃんと夕食キャンセルの連絡をしなければいけない。それがあって、思いつきで急に出かけるというのはなくなった。

決して杖歩行になったために出歩くのが億劫になった、というのではない。リハビリのためにもとにかく、出歩いた方がいいことは百も承知でなのある。仕事もデスクワークが中心で、一日中たいして動かない。手足をとにかく動かすことがリハビリなのだ。

それでも、自分のライブは勿論、好きなライブに行く回数も激減している。これは禁酒・節酒が起因しているのか?いいや、ライブに行ってもお酒を飲まなければいいだけだ。今のオイラには簡単なことだ。今は事前に「今週は何曜日にどこに行こう」と決めてからでしか行動しなくなった。これは退院当初、まだ足がもっと不自由で出かける時に駅や施設のエレベーターやエスカレーターの存在や位置などを事前にちゃんと調べてから出かけていたことが今でもまだ影響しているのかも知れない。ずいぶんと腰が重くなったものよのォ…。

以前のようななんとなく自由にその場の思いつきで出かけるというのを、またし始めた時が本当の復活なのかもしれない。

2009年5月18日 (月)

早朝高血圧を治せッ!

オイラが脳内出血(脳梗塞ではない、高血圧性脳内出血だ)で倒れたのは早朝の5時頃である。もう、記憶もあやふやなのだが、この頃はいつも早朝にトイレで目が覚めることが多かった。このときは起きた時に自分の左半身に違和感があった。自分の左手足がどこにあるのかわからなかった。

入院リハビリ中には、一日中血圧を測定したりしていた。起きた時、食事やリハビリ、お風呂の前後、寝る前など。結局オイラは早朝高血圧だと診断された。医者の指示で降圧剤の一部を就寝前に飲むことになって、ようやく早朝の血圧が安定し始めた。

退院した現在でも早朝と仕事中、夜と血圧を測っている。やはり早朝以外は血圧は低く、安定している。しかもオイラの血圧の特徴として上は130前後でまぁまぁだが、下が90を超えることがある。下が高いことが多い。太っている人は下が高い傾向があるそうだが、オイラは今身長171cm、体重61.8kgでずっと安定していて決して太っていない。

ネットで調べると早朝高血圧には「鼻歌ウォーキング」がおすすめだという。鼻歌を歌える程度の速度で歩くのだそうだ。血管内皮細胞が弱って血管を広げることができずにいるかも?ということだそうだ。禁酒禁煙しているし、ウォーキングは随分前からかなりやってきた。この後ちっとは改善されてくるのかなぁ?それとももっと他に何かいい方法はないだろうか?誰かおせーて!

血管内皮細胞とやらをしなやかにすればよさそうなのだが…。

2009年5月16日 (土)

人が多いのは苦手じゃー。

オイラの本業は都市計画系である。特に都市運営などを検討していると、人口が多いほど医療施設や公園・文化施設などは充実するし、利用者が密に、すなわち人口密度が高いほど、店舗などの利便施設は採算も取りやすくなり、より近距離に施設が配置される。電車やバスなどの交通施設も本数も増やせるし新設時の採算は取り易くなる。近距離に集約されていれば移動距離も小さくなるので環境にも優しくなる。

こういう検討をしているとどうしても「都市はある規模(人口)以上で、かつそれがコンパクトにまとまっているのが良い。」という考えになりがちだし、この手専門家の人達の中で、今流行の「コンパクト・シティ」というのは確かにそういう概念なのである。利便性がとても高くかつ効率の良い都市運営ができるということなのだ。

しかしながら、いざ、オイラの今の状況=片麻痺、になってみると「いやちょっと待ってくれぃ!」となる。やはりオイラが苦手なのは人ごみなのだ。人が多いと殺気立って急いでる人もいて危なくて歩きにくいし、なんと言ってもクルマの多い道や通勤ラッシュの混雑は嫌だ。お店の前で待ち行列に並ぶのも辛い。もっとゆっくりした時間の中で過ごしたいと思うのだ。施設や店は近くにあるほうが便利だが、混んでる位なら遠くの空いてるところに行きたくなる。これは高齢者も同じ感覚だろう。

「そんなに利便性ばかり求めてガツガツするものでもなかろう」と感じるようになった。人生なんて利益やら利便性が高いところだから幸せだなんて単純な判断にはならないのだ。不便でも「田舎暮らし」がしたい人にとっては、都会的な利便性など何のメリットにならないのだ。必要最低限のものだけが比較的近くにあれば良い。しかもその必要最低限はかなりハードルが低いのだ。

やはり、オイラは片麻痺になってから、闘争心がなくなって、穏やかに暮らしたいという意識が強くなったのかもしれない。もはや、オイラにとっての贅沢というのは物欲や利便性ではない。のんびりとした中でリラックスできる暮らしと自分の周りの人々の豊かで温かい心なのだ。んー…、なんか良い曲がかけそうだナー…。

2009年5月15日 (金)

わざとヒヤッっとするようなことを~脳の可塑性について

最近思いついたのだが、脳の可塑性関連の日記のところでも書いたが「必要はリハビリの母」理論を発展させた考え方・アイデアである。火事場の馬鹿力みたいなもので脳内の神経回路や命令を強化し再生するという方法・アイデアだ。そう、最近はリハビリオタクになってるのだ。

たとえば、わざと不安定で転びそうな場所で立ってバランスを取らせたり、歩かせたりするのだ。もちろん倒れても現実的には怪我しないようにしておいた方がよいだろう。例えばテレビ番組でやってるようなプールに浮いた物の上を渡るゲームなんていいかもしれない。あるいは、動作を失敗すると猛獣に襲われそうになるような仕掛けとかね(笑)。

でも、さすがにこれでは仕掛けが大変そうだ。簡単で安全にできるもので考えるなら、バランスボールの上に倒れないように膝立ちしたり、目をつぶっての後ろ歩きや横歩きするとか、ちょっと転倒しそうになってヒヤッとするような歩き方がいいかも知れないですね。もちろん転倒しても危なくない場所で。例えば柔らかいベッドの上を枕や座布団などの障害物で歩きにくくして目を閉じてベッドを膝歩きして(あるいは立って)往ったり来たりするってのはどうだろう?この程度ではあまりヒヤリとしないかな。

何かあまり危険ではないけど火事場の馬鹿力的能力が発揮できるようなリハビリ方法ってないかな?なんて最近では考えている。どなたかアイデアがあったらカキコヨロシクです。

2009年5月14日 (木)

高血圧と塩分と酒

日常生活で気になるのは片麻痺での不便やリハビリのことだけではない。やはり二度と再発したくないので、血圧の管理はしっかりしておかなかればいけない。降圧剤などの薬に関しては医者に任さざるを得ないが、生活習慣の改善は自分がやらなければいけないことだ。

素人が勝手に判断して何かをやったり、意見するよりも、ここは専門の医師の集合体である「日本高血圧学会」の治療ガイドライン2009年版第二案(http://www.jpnsh.org/jsh2009.html)を基にオイラの思うところを書いてみよう。

これの第4章に「生活習慣の修正」というのがある。食事(食塩や栄養素)や体重・運動に関すること、酒・たばこに関すること、ストレス・その他などが書かれている。

まず、塩分が気になるところだ。オイラは脳内出血発症後塩分制限は6g/日未満となっている。研究によっては3g/日未満がよいというものもあるようだが、これはかなりハードルが高い。最近の外食チェーン店や弁当には含有食塩量が表示されているものが多いが、3g以下のものは少ないし、一日3食食べることを考えれば、一食当たり1g以下ではほとんど食べられるものも限られる。それより野菜・果物、魚を積極的に摂取し、肉を減らすDASH食とかいう方法の方が日本人の食事として現実的な選択だ。患者にとってはこれは学問的な問題より現実社会での問題なのだ。

もうひとつオイラが気になるのはお酒の問題だ。タバコは何とか禁煙できたのでもう関係ないが、お酒は今はほんのときどき付き合いの席で乾杯ビールを飲むことがある。このガイドラインでは大量の飲酒はだめだが、少量の飲酒はむしろ死亡率を改善するし、血圧を下げるとされている。で、ここではこの少量とは1日当たりでエタノール換算で男性20-30mL/日以下(ビールで中瓶1本)といういことだ。(女性では10-20mL/日以下)

ということは、オイラは今はめったに飲んでないし、飲んだとしても乾杯ビールだけなので、この少量に相当しているだろう。だが、怖いのはどこかで万が一タガが外れてしまって大酒飲みをしたりしやしないかということだ。そうなった場合は禁酒も節酒も関係ないだろう。重要なのはそうなるようなストレスやフラストレーションが溜まったりするようなことをうまく避けるということだろう。

ストレスは社会生活をしていれば誰しも必ずある。いかにそれがたまらないようにどう息抜き・発散してゆくのか?それがやはり一番重要なポイントであるようだ。ストイックに我慢ばかりしていたらとてもではないが長く続くはずもない。ストレスはたまる一方なのだから…。

2009年5月13日 (水)

意識過剰になっているかも。~障害者心理

動き始めるときにワンタイミング遅れる。最近気になっているのだが、椅子から立ち上がる時とかに一呼吸おいてから立っている。一度失った脳細胞は復活再生しないとか、脳の可塑性で別の脳の部分が代替するとかって話を聞くと、動き出すときに、以前指令していた破壊された脳の部分と新たに機能を担った脳の別の部分とで動作への命令を奪い合ってる?、戸惑ってる?のではないかなどと思ってしまう。

特に最近は電車に乗っていて、座っていて降りる駅に到着した時にうまく立ち上がれなかったりした(中腰にまでなって座席にしりもちをついた)ことが何度かあったので、余計にそれを意識するようになった。今ではもう立ち上がりに失敗することはなくなったが、ワンタイミング遅れる。

うまく立ち上がれなかったときの理由は、手すりや捕まるところがあれば簡単に立てるが、それのない中央部分に座った。捕まるところがなくても前傾姿勢になりながら立てるはずが、混んでいて目の前すぐに人がいて、前傾姿勢をとるスペースがなかった。足の感覚が鈍く、いざ立とうとした時に左足が変な向きに向いていたり、何かに引っ掛かっていたりした。立ち上がるタイミングと電車の駅到着停車のタイミングが一緒で揺れて立ち上がりにくかった。など、様々な理由がある。それにこの脳の指令部の代替問題も意識するようになって余計に立ち上がりに意識過剰になっている。

そんなことなら座らなければよいが、杖を持っていると心やさしい人はわざわざオイラのところまで寄ってきて席を譲ってくれる。オイラはそれが嫌で声をかけられないようにわざとドアの横に立って窓の方にそっぽを向いて立っているのに…。「空気読めないのかなぁ…。」しょうがないので前は丁寧に礼を言いながら断っていたのだが、最近はそれも面倒になってきた。

ついこの間までは障害者のこんな心理は気がつかなかった。立場が代わって急に自分がそうなって、やっと「なるべく普通の人と同じように扱って欲しい。特別扱いはしないで!」と思う障害者心理、自尊感情や対社会感覚がわかるようになった。杖で街を歩いていると「大変ですねぇ。」とおしゃべりで世話好きそうなおばさんが声をかけてくることがある。別に杖で歩くのはさほど大変ではないし、もうそれに慣れたし普通のことだ。びっこをひいて歩いているから大変そうに見えるのだろう。「別に大変ではないですよ。あなたの見当違いですよ。」って言ってやろうかとも思うが、イラッとしながら黙ってその場を去るのみである。

とりあえず、自分の立ち上がり時に関しても意識過剰になっているようなので、今以上にすっと立ち上がる動作を身につけてもっと気楽に考えるようにしようと思う。そうすることで他者の自分に対する態度についても意識過剰にならないようにしようと思う。

2009年5月12日 (火)

就業制限解除。完全社会復帰~発症後半年が経過

今日、一か月ぶりの産業医面談があって、18時までに制限されていた就業時間制限も解除され、これで就業制限は全くなし、やっと完全に通常勤務になった。オイラは管理職なので時間は自主管理なのだ。産業医は「くれぐれも無理はしないでくださいね。」とだけ。「特別扱いはしないでくださいッ!」と興奮して言った最初の産業医面談を思いだす。これで一安心、やっと変な重荷が下りたような気分だ。

発症(去年の11/12)からちょうど半年が経過、通いのリハビリも先週で終了し、これで形式的にはやっと完全社会復帰っといったところか。まだまだ、自主リハビリで不器用になってしまった手足を改善させなちゃならないけどねー。杖もなるべく使わないで歩くようにしなくちゃ!階段も手すりに頼らないようにしなくちゃ!どのくらい速く走れるだろーか???

まだまだやるべきことはたくさん残っている。仕事、就業以外にも大きな目標はある。そう、音楽活動の再開とライブの復帰だ。年内目標かなー。
この病気、医療制度の関係でホント、半年というのが一つの大きな区切りになってるようだ。

2009年5月11日 (月)

主たる原因???~高血圧性脳内出血

結局、オイラの高血圧、脳内出血の主たる原因は何なんだろう?ってずっと考えている。

・遺伝
でもね、もしも遺伝が一番の原因なら、オイラの遺伝子を持つ一族はとっくの大昔に自然淘汰されて死に絶えているはずだ。原因の一つとしてはあっても大きな主因とは言えないんだろうね。

・ストレス
よく言われる原因だ。ストレスのない仕事なんかあり得ないし、「私はストレスを全く感じないんです。」と言ってる人でも本人の知らないところで実はかなりのストレスが溜まってたりするらしい。要はどううまくストレスを解消させるかだろうね。 実際に去年の11月に倒れる直前は仕事の報告書出版作業がうまくいかずちょっと行き詰っていた。当時は他にも先行き不安な仕事をいくつか抱えていた。ストレスがあるのはしょうがない。やっぱり大切なのはそのストレスを溜めないようにすること、その解消法だと思う!

・生活習慣
酒?タバコ?肥満?塩分?運動不足?
ま、よく言われていることです。オイラはそれなりに結構気をつけてきたつもりだけどねー。酒は休肝日を週3日は作ったし、タバコはやめたし、ウォーキングは実によくしてたし、好きなラーメンはスープを残したし、汁無しをよく選ぶようにしていた。それに肥満というほどのデブじゃなかったよー!(現在171cm62kg、倒れる前でも66,7kg)
それでも結局ねぇ…、ここらへんはノーコメントで!

2009年5月10日 (日)

もっと大局的視点を!発症後180日までのリハビリに物申す!

最初はこの内容のことはコメントで書いたのだけど、ちゃんと日記として主張した方が良いと思ったので書き直しました。

回復期リハビリの医療保険の半年という期間限定に言いたいことがある。

オイラが思うに、国は医療費を節約したいから効果の小さい発症後180日以降のリハビリを保険外にしたのだろうケド、リハビリをちゃんと継続して社会復帰できるところまで医療保険をきかせてやれば、その後の介護負担等の軽減だけでなく、当人の社会復帰による税収増で結果的には財政にとってプラスになるのではないかと思う。

もっと将来的な大局的な視点で考えて欲しいものだ。
だれかコレをシミュレーションして厚生労働省を説得してくれないかなー。アメリカの金融機関じゃあるまいし、目先の利益追及とか短視眼的な見方しかできない風潮が世の中に蔓延しているように思う。 もっと長期的視点に立って全体を見渡すような大局的視点でものごとを考えられないかなー。

性格がA型で細かいデザインが気になるんですぅ。

高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準というものがある。オイラも一級建築士だが仕事は都市計画系なので、書いてるのは1/1000スケールより大きい数ヘクタール以上の建築図面というよりは地図ばかりなのである。だから今は詳細な建築物の設計をしてるわけではない。だが、自分が実際に片麻痺になって、6級とはいえ、障害者手帳を持つ身になってみると街中でいろいろと身障者にとっての建築設計デザイン上の不都合に気がつく。

以前の日記で書いたエスカレーターの問題はその一つだ。多くの場所で上りエスカレーターはあっても下りエスカレーターのないところが多い。階段は上りのほうが大変だと思うのは健常者の発想で、足の悪い人は下り階段の方が苦手な人が多いのである。上りはゆっくり休みながらでも登れるが、下りは降りるときにバランスを崩して階段から落ちそうになるのだ。身障者といってもいろんな障害がありさまざまである。オイラのように左肩麻痺だと、左側の手すりではうまく使えないので、左側通行の階段の上り下りが苦手であった(今は訓練したのでなんとかできる)。他にも左手で押して開けるドアが苦手だったりしたり、いろんな場面で設計デザイン的な不便に出くわすことになる。

設計上必要なのはいろんなタイプの障害者を想定してフレキシブルにどうにでも対応できるものが良いだろう。手すりは階段の両側だけでなく真ん中にもあれば良いし、ドアは引いても押しても開くようなものが良い。椅子の高さも立ち上がりやすい高さというものがある。ひざがうまく曲がらない人のように立ち上がりや腰を下ろすことが困難な障害者もいるのだ。フレックスに高さが簡単に変えられると良いよねー。他にも街を歩いていたり、建物の中にいるとさまざまなことに気づく。いちいちその細かい点を覚えていられないのがザンネンだ。気づいたことをその都度メモしてまとめていけば、もっと現実的でちゃんとした障害者向け設計標準がオイラに書けそうな気がする。

2009年5月 8日 (金)

他にやられたところはないのか?不安だ。

通いのリハビリが終了してしまうと、前の日記にも書いた「残された障害」が気になる。出血してやられたのが脳内の話なので、今後いろいろ問題が出てきたりしないかと思う。

よく脳溢血の人の障害で「記憶障害」の話を聞く。セリフを覚えられないとか…。オイラの場合、さほど長いセリフを覚えるようなことはないし、歌詞を覚えるのは昔から苦手であったのでわからない。ブログの題材をよく思いつくのだが、家に帰っていざ、パソコンを前にすると「はて?何を日記にしようと思ったのだっけ?」となる。これも、倒れる前からそうだったかも…。

出血したのが右能だから、感覚や感情でやられた部分があるかも?と思うが、左手足の触感、温感は鈍くなったが、右手は大丈夫だ。悲しい映画や番組を見れば、うるっとくるし、入院中は将来を危惧してよく泣いた。感情はいたって普通だ。むしろこの経験でもっと感情が豊かになったかも知れない。空間認識や図形認識も仕事上大いに関係あるのだが、図面や地図はしっかり読めるし大丈夫なようだ。音楽に関しても音感は大丈夫だ。他に何か問題が起きるかなあ???

2009年5月 7日 (木)

残された障害~リハビリ最後の日

今日の午前中で通いリハビリが終了し、発症からもう180日が経過する。回復期リハビリの終了である。今後は自主的にリハビリをやるのみである。手足は日常生活ではほとんど困ったことはない程度に動くようになったが、全体的に左手足はまだ「不器用」なのである。

今日、理学療法士からは体幹がまだ弱いから自分で鍛えるように言われ、作業療法士からはなるべく日常生活で左手を使うようにしてくださいと言われた。体の動作についてはこんな感じでよいのだろう。気になるのは左手、左足の触感である。これはまだ鈍いのだ。

ときどき、立ち上がろうとして左足が動かないなと思ってみてみると、左足が椅子やテーブルの足に引っ掛かってたりする。引っ掛かってることに立ち上がろうとするまで気がつかないのだ。

左手の方はだいぶ指は動くようになってきたのだが、触感が鈍いのでギターを弾くのにちゃんと弦をうまく抑えられてないのに気付かなかったりする。音がちゃんと鳴らなくて目で確認して、やっとうまく抑えられていないことがわかったりする。

こうした手足からの触感による情報の脳へのフィードバックによって微妙な手足の動きや力をコントロールをするのだが、触感が鈍いとそれがうまくできないのだ。触感の再生の仕方はリハビリでもやらなかった。自分でいろいろ調べてみよう。誰か知っている人おせーて!

2009年5月 6日 (水)

タッピング&ボトルネックでオリジナル・ブルース新境地を!

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日記でギターリハビリグッズを載せたら、ボトルネックなどの小道具の写真も載せたくなった。片麻痺で不器用になった左手指で対等に他の健常者ギタリストとプレイできるのはスライドギターとライトハンドだという安易な発想だ。

オイラは高校、大学時代とアメリカンロックが好きで、デュアンオールマンやライクーダーのプレイはよくコピーしていた。スライドギターは得意中の得意であった。また片方でカントリーにも足を突っ込んでいたので、ペダルスティールやバンジョー、マンドリンの奏法なども覚えた。

写真は使っているボトルネックで、一番右は昔から使っているもので、中にビニールテープを巻いて入れる指にフィットさせている。右から二番目はRockSlideのボトルネックで中が細くて指にフィットする形になっているし、切り込みやカットもあってかなり凝っている。最近はほとんどコレだ。

一番左はいわゆる原型のクスリ瓶タイプでYAMAHA製。太くてぐらぐらするのではめた両側の指で支えて弾く。やはり一般にガラスタイプのものはスティールタイプのものより音が柔らかい。曲によって使い分けるのが良い。

さて、右手はスライドギターのときはサムピックをよく使う。普通のピック弾きと指弾きの兼用になることが多いためだ。今は片麻痺対策でスライドギターにrighthand奏法(tapping奏法)も取り入れることを考えているので、右指をなるべく自由に使えるようにサムピックが特に重要だ。

まぁ、ブルースギタりストの単なるブルース回帰ではあるが、オイラのギターの特色としては長いことジャズギターを師匠から習ってきたので、スタイルがブルースとジャズのアイノコ的なところがあるので、いろんな経験やいろんな制約条件をベースに個性的なものを目指そうと思っている。

Tapping Slide Guitar~スライドギターのフレーズに右手でのタッピング(ハンマリングオン&プリングオフ)を組み合わせたもの~はまだまだフレーズ的に未完成だが、その一つのアイデアなのである。

2009年5月 5日 (火)

脳内出血の前兆はなかった!!!

退院してから、人に逢うとよく聞かれるのが「脳内出血で倒れる前に何か前兆はあったのか?」とか「どうすれば早く回復できるか?初期の対策は?」ということである。オイラの年齢では友人も高血圧やメタボの人が多くいるのでそのあたりが気になるのだろう。このブログを見る人もそれを気にしている人が多いと思う。オイラは医者ではないし、症状は人それぞれであるので参考になるかどうかわからないが、オイラの考えたことを記しておこう。

1.前兆なんか全くなかった。全く突然にソレ(脳卒中)はやってくる。朝目が覚めたら、左手足に違和感があり、うまく動かせなかったのだ。ただし、オイラは発症3ヶ月前から血圧が上152下106、1ヶ月前に上156下120と異常に高くなっていて、医者に「何時倒れてもおかしくない」と言われ、降圧剤は増量し、とにかく降圧剤の飲み忘れないようにしていた。それで当日朝、違和感があったときに二度寝せずにすぐに救急車を呼んだのだ。脳梗塞の場合は小さな脳梗塞を以前から繰り返している可能性があるので、前兆は脳梗塞を起こした脳内の場所次第でいろいろな症状(頭痛、目眩、物が二重に見える、手足の痺れ、ろれつが回らない、言葉が一瞬出ないとか)があるらしい。おかしいと思ったらすぐに病院で見てもらいましょう。

2.とにかく超早期リハビリ。倒れたら脳内出血が収まるまで「とにかく安静に!」と言われるだろう。意識朦朧でもリハビリを開始すべきだとの専門家の意見もあるが、それは医者が判断するところだろう。脈拍や血圧が高くなるようなことは避けるにしても、手足の肘や膝から先(手首や手指、足首や足の指)を軽く動かしてみることは寝たきり状態のときでもやった方が良いと思う。決して筋肉トレーニングではない、脳内の運動神経再生トレーニングだ。自分の意思どおりに手の指を順番に動かしてみたり、かかとやつま先を曲げ伸ばしするのだ。

救急車を呼ぶのもリハビリもとにかく早めの対処が良いというのがまずやるべきことについてのオイラの考えである。

2009年5月 4日 (月)

ギターリハビリグッズオタクへの道

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入院中に友人からお見舞いでプレゼントされたものや退院後に楽器屋さんで見つけて衝動買いしたギター左手指トレーニング用のグッズたちです。

一番左側の写真で説明します。
1.GHS Handmaster plus
手で持っているのは赤いゴムボールに5本の指に付けるゴムバンドが着いたもの。握ったり広げたりして指を鍛えます。ギタリスト用。

2.(シリコン?)ジェルボール(アディダス)
写真右上のピンクのボール
とても柔らかいグニュっとしたボールです。握り締めて握力を鍛えます。

3.ハンドグリップ
写真奥。スポーツ用品店においてある握力トレーニングマシーン。これは入院時にお見舞いでいただいたもの

4.Gripmaster
写真右側。指一本一本の握力を鍛えるもの。これは楽器屋さんで取り扱っています。

これ以外にもお見舞いでダンベルやウエイトもいただきました。
どうもありがとうございましたです。お酒をやめるとこういう細かいものを買うお金ができるんですよね。ハハハ。

でもね~。はっきり言ってオイラの病気、片麻痺は脳内の運動神経がやられたのであって、左手は怪我も何もしていません。力はそれなりにあっても不器用になってしまったのです。筋肉トレーニングというより運動神経トレーニングが必要なんですよね。

ま、それでも麻痺によって筋肉も落ちたのは事実なのでやっぱり鍛えることは必要です。ただし、筋肉ばかりついても機敏性が失われるとまずいんですよねー。 ちなみにギターのリハビリには、こんなものを使うよりギターを実際に弾くほうがずっと良いです。ギターが弾けないときに使うものですね。

オイラの病状と半年間のリハビリ経過記録

リハビリ日記をつけるようになってから、このブログが「片麻痺」や「リハビリ」などで検索されることが多くなったようだ。もちろん同じ悩みを抱える方のための情報提供としてリハビリのことを日記に書き始めたのだが、コレを読む人はオイラが自分より重症なのか軽症なのか気になるところだろう。オイラも自分がどの程度なのか気になる。オイラの容態を改めて記してみる。

2008年11月12日未明に高血圧性脳内出血(脳梗塞ではない、脳卒中だ)で右脳(右耳の後ろあたりらしい)に25ミリ(ミリリットル?)の出血。左半身の運動神経を失調し左片麻痺となる。最初の一週間は左半身が動かず、病院のICUのベッドで寝たきり状態であった。一週間後にCTで止血が確認されてリハビリが開始される。この時点で移動は車椅子だが、車椅子への乗り降りは見守り状態で移動はあまり自由ではなかった。

12月1日に回復期リハビリテーション専門病院に転院し、本格的に入院リハビリが始まった。12月24日になって、車椅子の乗り降り、移動がやっと許可されて自由になった。そう、最初の一ヵ月半はかなり不自由な思いをしていたのだ。この時期、理学療法では杖などの補助具を使ったり、使わなかったり、ラジバンダリ(失礼!)、しながら歩行訓練をしていた。

正月もずっと一時退院せず入院リハビリし、2月10日に杖での院内移動が許可されるようになった。ちょうど発症から3ヵ月後のことである。この前後、すなわち発症後2~3ヶ月にオイラは大きく回復したようだ。そして3月7日に退院した。入院期間は発症から約4ヶ月であった。そして退院後は発症後180日の期間まで週に一度の通院リハビリテーションとなった。現在ではもう大分手足は良くなってきている。この5月7日に最期の通院回復期リハビリが終了する予定である。

2009年5月 1日 (金)

麻痺側に寝返り回転~体幹麻痺を治せッ!!!

理学療法士からリハビリのときに、「体幹が失調している」とか「腰が弱い」とかよく言われていた。つまり、腹筋や背筋、大腰筋といった筋肉も麻痺していたのだろう。確かに左の背中はいつも張っているような感じになっていた。それに寝返りも非麻痺側はできても麻痺側にはできず、寝ころんでも左側を下にすると起き上がれなかった。

それは逆方向に回転すれば起き上がれるし、一応ぎこちないけど歩いたり、左手足を動かしたりすることはできた。そのせいか、退院後もあまり気にしてなかった。しかし相変わらず療法士から通いのリハビリで腰回りの弱さを指摘されていたし、左肩の肩甲骨の下のあたりが重かった。40肩、50肩かと思い、ネットで対策を調べ、タオルを両手に持って肩の体操したり、アイロン振りなどをやったりしていた。

そのうちに肩周りに力が戻ってきた。ギターの訓練のために指の握力トレーニングマシーンも使っていたので大分左手が動くようになり、力が戻ってきた。夜寝てる時に左肩を動かす訓練をしていて体幹失調のことを思い出した。それでベッドの上で左寝返り回転を行った。最初は少し痛くて、力が入らなかったが、腕を動かしているうちに何とか回れるようになった。

翌日は休日で、昼間また、ベッドで左寝返り回転運動を練習してみた。今度は左の背筋、腹筋、大腰筋を意識して動かしてやってみた。10回回転したら、次は右寝返り回転もやってみた。この運動が功を奏したのか、次のリハビリから療法士の人も「大分動くようになってきた」と言ってくれた。そう、体幹の麻痺が治ってコントロールできるようになってきたようだ。

もうすぐ発症後半年経過で回復期リハビリテーションの医療保健期間も終了である。半年経過直前になっても、まだまだ回復は進んでいるのである。もう残り一回しか通いリハビリはない。まだ改善されてない麻痺がどこにあるか療法士に聞いてそれは自主トレでやっていくしかないだろう。発症後半年で切れてしまう医療保険何とか解消されないかなぁ。まだまだリハビリはやればやるほど改善するのだあ!

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