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2009年6月の記事

2009年6月29日 (月)

夏のにほひ…

今朝は銀行でちょっと私用で、お届け変更の手続きを済ましてから、ゆっくりと出勤した。電車はもう空いていたし、温かくてすぐに居眠りをした。眠い(睡眠)

麦わら帽子、蚊取り線香の匂い、蝉の鳴き声、海水浴場とかき氷、花火と盆踊り、縁側のスイカ…。
夢から目が覚めた。蒸し暑かった。頭の中が古い夏の思い出でいっぱいになっていた。

何故か涙が流れそうになる。何故だろう?うつむいて誤魔化した。電車がまた動き出した。再び眠りの中に落ちたが、もう同じ夢を見ることはなかった…。

右脳で脳内出血を起こしたことに関係があるのか、単なる夢なのか…。

まぁ、今日も一日頑張ろう!!!

2009年6月24日 (水)

JetSlide slide Bar使用記~ブルースギタリストとしての意地

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昨日、日記に書いたネット注文したジェットスライド・スライドバーが早速配送された。
写真左:薬指に取り付けた状態
写真中:指弾きしてる状態、指の後ろ側にスライドバーが立っている
写真右:スライドバーを使用してる状態、小指を突起部分にのせて使用する

これは練習が必要そうだ。ボトルネックとはずいぶん勝手が違う。
指弾きはすんなりできるが、スライドとの切り替えは訓練しないとスムースにできないだろう。小指をサッとひっかけなければいけない。
スライドもボトルネックとは使い勝手がかなり違う。細いバーなのでギターのネック断面方向に水平に当てるのにも慣れが必要だ。

動画gifがあったので張ってみるが、このブログで貼れるかな?転載です、この人はオイラではないです。
訓練して慣れてくればこのようにさっと指弾きとスライドを切り替えて演奏できるようになるらしい。
ま、しばらく練習してみよう。

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2009年6月23日 (火)

音楽活動再開に向けて~ブルースギタリストとしての意地

左片麻痺によるギター演奏上のハンディの克服のために、スライドギターをメインとしたプレイをすることを考えたのは、以前この日記にも書いたとおり。
(バンドのメンバーにはまだちゃんと相談していないんだけどね…)左手の状況はだいぶ良くなってきて、元通りとはまだまだ言えないが結構器用に動くようになってきた。
左指の触感がまだ鈍いのが問題で、(ちゃんと押さえられずに)押弦をミスしても微妙な調整ができずにミュートした音になることが多いのが一番の問題だ。
スライドギターであれば、ちゃんと押弦するのではなく、弦の上を滑らせる方法なのでこの問題もクリアーできる。もちろん指の動きだけでなくビブラートなど細かい微妙なテクニックでも麻痺手のハンディを克服できるのだ。

マディバンドにはブルースハープとピアノはいるが、セカンドギタリストはいない。それに全曲スライドギターでできるというような曲ばかりでもないので、指弾きとスライドギターの併用で行こうと思っている。
とりあえずはボトルネックを小指にはめることにした(昔、ツインギターのバンドのときはデュアンオールマンみたいに薬指にはめて指弾きはほとんどしなかった)。

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写真左はスライドギター演奏時、右は指弾きのときの写真である。オイラは結構指の分離がうまくできてる方なので、ボトルネックをはめた状態で残りの指で何とか普通に弾ける。
しかし薬指でハンマリングとかビブラート、チョーキングなど力を入れた動作をすると一緒に小指も動いてしまってボトルネックでコツっとネックや弦をたたいてしまうのだ。
今、小指を立てた状態で残りの指でもっとうまく弾けるように訓練中である。これは訓練すればうまくできるようになるでしょ。それと今、JET SLIDEとか言うフィンガリング両用のスライドバーも注文している。
これも使いこなすのに慣れ、訓練が必要そうだが、しばらくこれに挑戦してみようと思う。

マディバンドは復帰ライブのために、とりあえずリハを始めることとした。ブルースハープとスライドギターにピアノ、ベース(ウッドorエレベ)、ドラムというブルースバンドらしい構成になった。
日本語オリジナルのジャズ風味のある日本のブルースバンドとしてより個性的な音づくりえを目指したい。

2009年6月21日 (日)

人と人とのつながりが支えに

前の日記で人と比較することや競争や闘争心は片麻痺患者のリハビリには意味がないと書いた。このリハビリは神経の再生のリハビリが必要なのであって、厳しい筋肉トレーニングではないので、悔しいと思う気持ちで乗り越えられるものではないからだ。むしろ、脳の可塑性には楽しんで遊ぶような気持ちでリハビリに熱中したり、あるいは逆に危機感に襲われながら集中してやる方がずっとよさそうだ。

では、そうした「早く良くなりたい。前と同じに戻りたい。」という気持ち以外にオイラにとって励みになったのはナンだろうか?当初は病院のベッドで動かなくなった左手をじっと見つめて自分の不幸に涙していた。気を取り直したのは、mixiなどnetでの友人とのやり取り、家族はもちろん見舞いに来てくれたたくさんの友人たち。そしてやはり大きいのは同じ病気で片麻痺から立ち直った知り合いのジャズギタリストT氏の存在と彼のアドバイス、励ましである。

身近にそういう人がいると、「オイラも同じようにそのうちきっと直るのだ。」と確信がもてるのだ。決して「彼が治ったのだから、オイラはもっと早く」みたいな競争心ではない。結局、闘争心とか競争という形では決してないのだが、人と人との関わりの中で励みになったり、気持ちを持ちなおしたりするのだ。対人関係というのはそういう意味でとても重要だと思うのである。

2009年6月18日 (木)

人の不幸を喜ぶことなかれ!

最近、とある人のブログに、不幸に落ちた自分のために「自分よりもっと不幸な人がいることを考える。」みたいな文章があって、ちょっと驚いた。僕には考えられない発想だった。他人の不幸に対して「それよりはましだから」と考えてるのか?、「もっと頑張ってる人がいるから自分も頑張らなくては」と考えてるのか?まぁ、人の不幸を喜んでいるわけではなかろう。だが、いずれにしても、他の人と比較する発想は僕にはマッタクなかった。そんなこと考えても自分の病気は治るわけではないし自分の不幸は何も変わらないのだ。

オイラが脳内出血で倒れた時、悲しみの原因は動かなくなってしまった左手足やその状態での生活のことであり、そのことでの今後への不安であった。また長引く入院生活により奪われた自由(クリスマスも正月もなかった。)のこともあった。これらの悲しみには他の人の不幸のことはマッタク関係がなかった。

オイラにはもともと闘争心や競争心が欠けているが、例えば同じ病院で入院患者と比較なんかしても自分の病気が治るわけでもなかったし、同じ病気の他の人よりどちらが回復が早いかを競争する、競争できるというものではないし、競争する意味もなかった。早く退院できた人がうらやましくはあったが、だからといって自分に何ができるわけでもなかった。今まで通り相変わらず頑張ってリハビリを続けていくだけなのである。

上のブログの人のことではないが、相変わらず、競争至上主義的な意見をブログで見つけたりすると嫌になる。「こいつらは他人の不幸を喜んだり、優越感に浸るような連中だ。人と比較なんかせず自身を高める、良くするという向上心にかける連中だ。こういう輩が他人の足を引っ張ったり陥れたりしてでも自分が勝とうとする身勝手なことをするのだ!」と言って反吐を吐きたくなる。

どんどん「闘争心」とか「競争」という言葉が意固地に嫌いになっていく自分がいる。「向上心」「正義感」「強い信念」みたいなものだけが今のオイラの原動力なのだ。障害者心理、というわけでもないだろう、ハンディキャップがあろうとなかろうと同じことだ。言わば「オイラの生き様」なのだろう。

2009年6月11日 (木)

住宅のバリアフリー化~片麻痺の日常生活

これについては異論も多いかも知れない。結論から先に言うと、ウチではバリアフリー化をしなかった。入院中にリハビリ科のお医者さんから、退院後の生活のための住宅の改良について何度か話があったが、改良が必要のないレベルまでになんとか回復したのだ。もちろん改良をすればいろいろと楽である。

改良するとすれば、玄関口で靴の着脱をするための手すり:これはエントランスチェアーというその専用のいすをスーパーで買ってきた。
風呂場や更衣室の手すり、風呂桶に入るための椅子・手すり、トイレの手すり、ベッドの手すりなど:付けなかった。(ちなみにマンション住まいなので室内に階段はない)

つけなかった理由の一つはいろんな人と相談し、「手すりなんか付けると、かえってそれに頼ってしまい、回復が遅れるよ!」という意見を聞いたからだ。実際、日常生活の中で必要にかられて動作をこなしていくことがもっとも早く回復を促すのだと思っていた。そんなレベルでないほど動けないのであったり、逆に日に日に弱っていて回復の見込みがほとんどないというような状況ならバリアフリー化、手すりも付けた方がよいが、回復を促すためにあえてつけない方法もあるのだ。

これは足につける装具などについても同じだ。オイラも足に装具はつけなかった。もっとも肌がもともと弱くて、装具をつけるとかぶれたり、肌が傷ついたのが一番の理由だが、とにかく足首を鍛えようと思った。入院中は自主的につま先立ちとかをベッド脇でよくしていた。まぁ、そこらへんも踏まえて、いろんな専門の方に相談するのがよいと思う。

2009年6月 9日 (火)

電車内で床に鞄置くなよ!~障害者心理

職場復帰して3カ月、通勤の満員電車にも慣れてきた。杖歩行は相変わらずだ。通院リハビリの最後には「もうなるべく杖に頼らず歩く練習してください」と言われていた。つえがなくても歩けるが、歩き出しのときとか、急ぎ足のとき、段差とか路面がでこぼこだと杖がある方が安全だ。

足(つま先、足首、膝、腰)の動きは結構しっかりするようになってきているのだが、触感が鈍いのがやはり問題で、左足で地面をついた時の感触が弱いのだ。つまり大げさに言えば、左足自体が杖みたいなものなのだ。足からの路面情報フィードバックが弱いので、何踏んでるのか?どこ踏んでるのか?よくわからない。こういう状態だと細かな左足のコントロールができないので躓きかねない。

電車の中で吊革につかまっている時も、感覚的には右手でつり革にぶら下がり(左手で杖を持っている)、右足一本で立っているような感じだ。左足は揺れに対応させて床を突くって感じかな。こういう状態だと飛んだり跳ねたりするのはちょっと不安定だ。

電車内で学生がよく大きなスポーツバッグを床に置いてだべっている。大きなカバンを床に置くサラリーマンもいる。オイラが下車しようとしてもどかしてくれない。というか全く気づかず気にしていない。「通れるだろ」と思ってるのだろう。健常なときならピョンとはねるようによけて飛び越せるのだが、電車内は揺れるし、それができないのだ。しょうがないので満員電車の中で「すみませーん!通れないのでバッグどかしてくださーい!」とお願いすることになる。

どうも、こういう状態(杖歩行)だと声を出して目立つようなことはしたくない。「あの人足が悪いんだぁ!」と周りから気の毒そうな顔で囲まれ、注目を浴びたくはないのだ…。といって言わなきゃ通れないしねー。なるべく、荷物は床に置かずに棚に上げてほしいものだ。特に混んでる電車内では…。

2009年6月 7日 (日)

ガムを噛めば…脳の可塑性について

ガムを噛むと脳の働きが活性化されるという自然科学研究機構生理学研究所の研究が去年発表されたそうだ。http://www.j-cast.com/2009/01/11033051.html

噛めば噛むほど脳の働きが短期的に活発になる。脳血流がよくなるということらしい。これを読んでいてひらめいたのだが、オイラのような脳内出血による片麻痺になった場合の脳の可塑性を進行させるのに、これは使えるのではないかと思った。

で、早速、今日は午前中のウォーキングの際に薬局でキシリトール系のガムを買ってきて、早速、午後はこのガムをくちゃくちゃ噛みながらウォーキングを一時間ほどしてみた。効果のほどはまだよくわからないが、確かにくちゃくちゃ噛んでいると目は覚めるし、脳ははっきりしてくるような気がする。ちょっとしばらくはガム噛みながらリハビリしてみようかな~。結果がでたらまたここで報告しまーす。

ちなみに今日の朝日新聞の日曜版にもガムがストレス解消や脳への刺激に良いという話が載っておりました。

2009年6月 5日 (金)

荷物を左手で持つのが苦手…。

昨日は仕事で午前中に銀座に行く用があった。
銀座を歩いていて、いつのまにか左手に持っていたはずの地図のコピーを落としてしまった。あれ???ないよ???

どうも左手の触感が弱いので、落としたときに気づかないし、その後、手に地図がないことにも気づかない。いざ、地図を見ようとしてようやく落としたことに気づいたのだ。困ったものだ。

今朝も出勤時に折り畳みの傘を左手に持っていた。運よく電車内で座れたのだが、六本木について席を立つときに傘がないことに気付いた。床に落としていたのだが、これまた落とした時に気づかなかった。

どうも左手の触感が鈍いために左手に物を持たせることをしたくない。落としても気がつかないことが多いのだ。右手には杖を持っているし、荷物やカバンを左手で持つのがすっかり苦手になってしまった。ヤレヤレ…。
ちなみにバッグは普段はショルダー、ウエストポーチ、リュックとかを使ってます。
要は、バッグに入れてないで左手に持った場合の荷物の問題なんですよね。

2009年6月 2日 (火)

昔使っていたギター

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オイラ、ここ最近数年のライブではGibsonのES175を使っている(写真はプロフィールやライブ報告の日記参照)。これはノンエフェクターでの野太い音でブルースやジャズをやるためであった。1967年製のオールドギターである。

最近ではオーバードライブ系のエフェクター位は使うようになってきたので、今使ってる175の前によく使っていたギターも鳴らし始めている。Fender USA の Telecaster 1968年製のオールドギターである(写真)。

これはオイラが3年にわたってマンツーマンでジャズギターを習っていた故保田浩師匠から買ったものである。つまり師匠の形見の品でもあるのだ。アームが取り付けられている。裏側には元Doobie Brothers のギタリスト John McFee のサインがある(写真右)。"(To) YASADA(YASUDAのつづり間違いだァ!) CHEERS!!"とあり、その下にもう半分消えかかっているが"John McFee"のサインがある。師匠がジョン・マクフィーが来日して師匠の出演するライブハウスに遊びに来た際にサインをしてもらったそうだ。

テレキャスターは独特の音色がするので、使い方が難しい。マディバンドの曲では"南行きの列車"とかに使うのがよさそうだ。でも今、ギターを2台持っていくのは杖歩行ではきついな~。(南行きの列車はこのページの左のライブビデオのリンクで 聴くことができます)

2009年6月 1日 (月)

クレーム代行もまた悲し…~障害者心理

知り合いのブログで、車椅子の人からのクレームに対応せねばならず、気分がどんよりと暗くなったという話があった。それは映画を見るのに、たいがい車椅子席のスペースは一番前とか前の方でとても見づらいのだけど…というようなクレームだったらしい(ま、よく思い違いをする人のブログなんだけどね…)。

オイラも一時期は車椅子だったし、車椅子で外出もした。今でもまだ杖歩行をしてるのでこの日記はちょっと気になる話だった。障害者自身が直接クレームする場合もあるかもしれませんが、経験的には障害者の介護者(家族とか)の方が強くクレームをつけるように思える。ホールなどの公共系の人の集まる施設はハートビル法もあって、障害者対応がかなり進んできているので、とてもありがたいと感じる。利用する当人としてはあまりクレームつける気はしない。でもね、障害者の介護人とかは「なんでここにはエレベーターがないんだ!」とか結構、クレームをつけるようだ。オイラがその場にいたら、オイラのせいで(ために)介護人がクレームをつけてるのが嫌で「オイラは大丈夫だから…、このことで喧嘩とか目立つことことはしないで!」って心の中で叫んでるだろうねー。介護人が自分のために怒ってたりすると、かえってこちらが惨めな気分になったりもしてくる。

片方で片方向にしかない手すりや右側通行を恨み(オイラは左片麻痺なので左手すりの階段は使えない。~前出)、やるせない憤りを感じることがよくある。先日も広尾駅を利用する際に下り階段を降りるのに右手すりを使うために左側通行を無視して階段を下りていたら、左側通行で上ってくる人に迷惑そうな顔をされてしまった。「すみません」と頭も下げながら降りるのも悲しい。といって、介護人とか他の人がオイラの代わりになってクレームつけるのも悲しい。なんともやるせない気持ちをたくさん経験してきた…。

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