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2009年6月18日 (木)

人の不幸を喜ぶことなかれ!

最近、とある人のブログに、不幸に落ちた自分のために「自分よりもっと不幸な人がいることを考える。」みたいな文章があって、ちょっと驚いた。僕には考えられない発想だった。他人の不幸に対して「それよりはましだから」と考えてるのか?、「もっと頑張ってる人がいるから自分も頑張らなくては」と考えてるのか?まぁ、人の不幸を喜んでいるわけではなかろう。だが、いずれにしても、他の人と比較する発想は僕にはマッタクなかった。そんなこと考えても自分の病気は治るわけではないし自分の不幸は何も変わらないのだ。

オイラが脳内出血で倒れた時、悲しみの原因は動かなくなってしまった左手足やその状態での生活のことであり、そのことでの今後への不安であった。また長引く入院生活により奪われた自由(クリスマスも正月もなかった。)のこともあった。これらの悲しみには他の人の不幸のことはマッタク関係がなかった。

オイラにはもともと闘争心や競争心が欠けているが、例えば同じ病院で入院患者と比較なんかしても自分の病気が治るわけでもなかったし、同じ病気の他の人よりどちらが回復が早いかを競争する、競争できるというものではないし、競争する意味もなかった。早く退院できた人がうらやましくはあったが、だからといって自分に何ができるわけでもなかった。今まで通り相変わらず頑張ってリハビリを続けていくだけなのである。

上のブログの人のことではないが、相変わらず、競争至上主義的な意見をブログで見つけたりすると嫌になる。「こいつらは他人の不幸を喜んだり、優越感に浸るような連中だ。人と比較なんかせず自身を高める、良くするという向上心にかける連中だ。こういう輩が他人の足を引っ張ったり陥れたりしてでも自分が勝とうとする身勝手なことをするのだ!」と言って反吐を吐きたくなる。

どんどん「闘争心」とか「競争」という言葉が意固地に嫌いになっていく自分がいる。「向上心」「正義感」「強い信念」みたいなものだけが今のオイラの原動力なのだ。障害者心理、というわけでもないだろう、ハンディキャップがあろうとなかろうと同じことだ。言わば「オイラの生き様」なのだろう。

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コメント

足の引っ張り合い、不祥事の発生、勝てばよいとの倫理観の欠如、人間関係の悪化、思いやりの心の欠如、安かろう悪かろう的単純比較論に陥りやすいこと、将来性や教育育成価値の欠如、などなど競争至上主義の限界や欠点がたくさん見えてきている。

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