フォト

マイ ホームページとオリジナルソングのライブビデオ

« 5/26(土)夜、横浜関内のジャズクラブ「FarOut(ファーラウト)」にてライブ | トップページ | 5/26(土)横浜関内と8/25(土)東京本郷三丁目のライブ »

2012年4月10日 (火)

競争原理限界論

「競争原理こそが経済発展の道」と考えるのは誤りです。
競争では必要最低限までのモチベーションしか生まれません。
全ての生物は満たされてくれば、無駄な争いは避けます。
競争原理がうまく機能するのは、飢餓・貧困状態のときだけなのです。

韓国社会は学歴偏重の競争社会で、日本よりも大学進学率が高いのは今や有名な話です。
しかし、出生率は日本よりも低く、今後の高齢化社会の問題も日本以上の速さで進行するとみられています。
これは人類(韓国人の遺伝子)としてみて発展なのか衰退なのか?
なんか、生物学的な種の繁栄の限界を感じませんか?

出生率が2.0を切る様な社会の仕組みは間違ったものです。
経済的豊かさを偏重し過ぎています。
必要最低限は確保しなければいけませんが、それ以上を必死に追い求める様な社会にしてはいけません。
ヒトの幸せとは何であるか、よく考えなくてはいけません。
合計特殊出生率2.0を超える状態、(子作り前の病死や事故死もあるのでもう少し高いほうがよい)のが絶対的な必要条件です。、
その条件下で経済的にそこそこ暮らしていければよいのです。
それ以上のヒトの幸せは根源的には経済とは別のところにあります。
お金をためること自体は目的ではないのです。

「江戸しぐさ」を学ぶと良いと思います。
お互いに人を思いやり、気遣う姿勢があると、集団社会の中で生きることの幸せを感じることができます。
行き過ぎた競争は足の引っ張り合い、いがみ合いとなって居心地の悪い集団社会となってしまいます。

社会主義は共同生活体的イデオロギー達成のために、社会コントロール型(管理主義)となってしまい、
理想とは別の居心地の悪い、非効率で怠惰な社会を生んでしまいました。
このことは生物学的(種の保存という原理的)に自然な原理から成り立つ社会でなければ、
いつか崩壊し、無理が来ることを示しています。
管理主義もまた競争主義以上にナチュラルな発展原理ではないのです。

社会が成熟した状況下でどうヒトは発展のモチベーションを持つにはどうしたらよいのか?
これが、ずっと自分の中で課題としてありました。
貧困期には共同原理を、発展途上期には競争原理を、成熟期には「自己幸福追求原理」を、
ということなのです。「自己幸福追求原理」とは、対他人との生存競争ではなく、
自分自身がやりがいを感じることを追求する、そのために労力を惜しまないということです。
例えばスポーツなどで世界のトップに立ったものが、競争相手がいなくなっても自己の記録を塗り替え続けるように努力するようなものです。
人生に勝ち負けなどありません。自分がいい人生だったと思えるかどうかということだと思うのです。

« 5/26(土)夜、横浜関内のジャズクラブ「FarOut(ファーラウト)」にてライブ | トップページ | 5/26(土)横浜関内と8/25(土)東京本郷三丁目のライブ »

世間にもの申す」カテゴリの記事

コメント

自己幸福追求原理を具体化する方策って何なのかがまだ解けてない。
とりあえず、メッセージを発信し続けるのだ。

闘争心がない人が多い?そんなものなくても無問題。向上心は闘争心なんかなくても生まれる。建築家がデザインするときも、ミュージシャンが音楽作る時も、闘争心なんか無いけど、何日も集中して徹夜出来るくらいのモチベーションは確保できる。
 クリエイティブワーカーに闘争心なんか必要ないのだ。

コンピュータープログラマーとかゲームデザイナーもそう。しかも自分がやりたいようにやっているのならば、ストレスもないし、集中していても疲れることも少ない。

むしろ、闘争心みたいな邪念があったら良い作品は作れない。むしろ、闘争心なんてものはクリエイティブワークには邪魔なものである。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 5/26(土)夜、横浜関内のジャズクラブ「FarOut(ファーラウト)」にてライブ | トップページ | 5/26(土)横浜関内と8/25(土)東京本郷三丁目のライブ »