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2012年8月の記事

2012年8月26日 (日)

東京倶楽部でのライブ終了!

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昨晩8/25の東京倶楽部本郷三丁目店での
マディ綱島&ウォーターブルースバンドのライブ無事終了いたしました。
来ていただいたお客様には感謝感激でございます。
どうもありがとうございました。

終わった時に多数のお客様から「とても楽しかった。」と
声をかけていただいたのが嬉しかったです。
今後の励みになります。

今回はジャズのお店だったのでスタンダードも織り交ぜておおくりいたしました。
とはいっても、ほとんどはオリジナル曲ですが。えへへ

ここのところ新曲が量産されていたのですが今回は新曲披露はなし、次回に乞うご期待です。

SET LIST
1stStage 
1.GeorgiaOnMyMind
2.夕焼けは色あせて
3.夏草
4.降り始めた雪に
5.ブッカーズ
6.ルーズマン

2ndStage 
7..お気に入りのR&B
8..古いメール
9..ドヤ顔とネガキャン
10.酒バラ
11.クロスロード
12..EasyLiving

3rdStage 
13.Whammer Jammer~ブルースは好きかい
14.11月の雨
15.楽観思考
16.クレジットカード
17.南行き
18.水平線

アンコール
19.明日は良い日になりますように

写真byピラフさん

2012年8月 5日 (日)

緊急入院、退院復帰と禁酒宣言

さて、ここ数日間のできごとについて書いておこう。
オイラのバンドのライブを楽しみに聴きに来るお客様にまで心配かけたくない話なので、
8/25(土)の東京倶楽部本郷三丁目店のライブが終わるまで控えておこうかとも思っていた。
だが、このブログには高血圧や片麻痺関連の読者もいるので記憶が鮮明なうちに書いておくことにした。

先月の7/16に8/25ライブ向けのリハーサルをした。
リハーサルの後はいつもバンドメンバーで打ち合わせを兼ねて飲むことが多い。
オイラは普段は飲んでも乾杯のビール1,2杯程度しか飲まないようにしていたのだが、
この日は気が緩んでいて、バンドの今後の展開の話もあって酒が進んでしまった。

家のすぐ近くの昔からお世話になっている店でのこと、その昔うちのバンドの応援団兼スタッフでもあったプロのエンジニアの故山本氏の撮影による我々の古いライブビデオをマスターから見せてもらったりもした。
それもあってかなり感傷的になって、ついつい長居をしてしまった。
そこで一緒に飲んでたメンバー二人は綱島の人間ではなかったので先に帰った。
オイラもそのすぐ後、帰ろうとしたが既にフラフラであった。
結局、お店のマスターとそこにいた他の常連さんに抱えられて家に帰った。
(ありがとうございました。ちゃんとお礼をしてないですね。二人ともこのブログは見たことないでしょうけど)

さて、家に帰ってからしばらく横になっていた。
このあたりのことは意識も朦朧としていて記憶があまりないのだが、気がついたときには自分の手足に全く力が入らなくなっていた。
もともと、左半身は麻痺しているので、この時点でまた脳内出血を起こして、今度は右半身までやられたのかと思ってとても焦った。
後から考えてみれば、2008年に倒れたときは、早朝に体の異常を感じて目が覚めた。
このときは左半身だけが感覚がなくなって動かなくなり、自分の左手足がどこにあるのか全く分からず、自分の左側がなくなったような感じであった。
今回はそうではなかった。両方の手足に力が入らなくなったが、手足自体の感覚はあったのだ。
実際、あわてながらも右手で携帯電話を使って救急車を呼んだのだ。つまり右手は感覚もあったし力は入らなくても動かせていた。症状は違っていた。

4年前に倒れたときは、倒れる数週間前からほとんどお酒は飲んでなかった。
倒れる数ヶ月前からお仕事の研究報告書の原稿作成、出版作業に入っていてとても忙しくて夜遅くまでの残業がずっと続いていたのだ。
また倒れる10日前の11/2に自分のバンドのライブもあって疲労が溜まっていた。
ライブが終わって一息ついたあと、また再び残業の日々が始まった。
そして倒れる前の日には出版社との打ち合わせで原稿作り直しの大トラブルがあってショックを受け、遅くまで残業して打ちひしがれて帰って睡眠薬を飲んで寝たのだ。
そして、その翌11/12の早朝5時に脳内出血を起こしたのである。
これは精神的過労やストレス、ショックによる血圧の急激な上昇が直接的な原因であった。
睡眠薬についてはこのあと一切飲むのをやめた。ただ、脳卒中後うつ病になったのでうつ病の薬については去年まで飲んでいた。

今回の場合は結局、救急車で救急隊員による脳卒中(脳梗塞や脳内出血等)の可能性ありという判断で羽沢にある脳神経外科東神奈川病院に移送された。
脳卒中の疑いのあるときは手遅れになる前に直ちに専門病院に運ぶことが重要であり、救急隊員は前にオイラが自宅で脳内出血で倒れて救急車を呼んだときのこともわかっていて、この判断は正しかったと思う。でも結局、CTスキャンやMRI、MRA、脳波検査等をしたが脳内出血や脳梗塞等は見つからなかった。
結局、これらの検査と入院加療(点滴)により一週間での退院となった。
医者は言うには「脱力はお酒による影響ではないかと思う。」ということであった。
ちなみに脳内出血は脳内の細い血管が血管の老化や急激な血圧の上昇によって破裂し脳に損傷を与えること、脳梗塞は脳の血管が血栓で詰まって血液が流れなくなり脳の一部が壊死することである。
どちらも脳血管障害であり脳に損傷を与え、脳卒中と呼ばれるが、発症原因からみると違う病気なのである。

今、考えてみると、このところ血液検査でHbA1cの値がずっと高く、先月から糖尿病関連の薬が倍増されていたのだ。
糖尿病の薬は一般に血糖値を下げすぎて低血糖を引き起こす副作用がある。(ちなみに低血糖をおこしたときは飴を舐めるなどすぐに糖分の補給が必要である。)
多分、糖尿病の薬の倍増状態でかつ、,あまり食べずにアルコールを飲んだことによって低血糖を引き起こしたのだろう。
低血糖の症状としては手足の痙攣やめまいが起きる。今回の両手足脱力もその症状ではないかと思う。このことは現在通院中の糖尿病の薬を出した循環器科の医者にも詳しく伝えたが、やはり原因はよくわからないようである。

さて今回は救急車を呼んだのが深夜の一時半頃であり、手足が動かずドアも開けられなかった(救急隊は窓から入った)状態だった。深夜に救急隊から連絡がはいった兄家族や母には多大な迷惑をかけてしまった。
兄はそのせいで会社まで休んでしまい、母はその後、現在まで体調を崩している。
改めて申し上げます。本当に申し訳なかったです。
大変な迷惑と心配をかけてしまい、ごめんなさい。
会社に関しては、今回もちょうど研究報告書の出版時期であったが、原稿を出版社に渡したあとだったので、運良く業務に大きな影響はなかった。
しかし、今回はお酒が原因とみられるため、このブログで禁酒宣言をすることにしました。
ですので、このブログは本名でやってないし、見てる人は音楽関連の人や普段あまり会わない人ばかりで関係がないとは思いますが皆さんよろしくね。私は今後酒席であってもノンアルコールで頑張ります。

しかしながら、2008年に倒れた時のようにストレス、精神的疲労がたまると、こちらの方が危険なので、酒はやめても音楽はやめません。
仕事をしてる限り、いや、生きている限りストレスがなくなることはないでしょう。
このストレスが最大の原因であるとわかっても、ストレスをかわす方法を覚えながらそれとうまく付き合っていくしかないのです。
さて、こんなことがあると、家族にも遠慮して救急車を呼ぶことに躊躇してしまいがちですが、本当に脳卒中を起こしてる時は手遅れになるとヤバイです。
疑わしき時は躊躇や変な遠慮はせずに救急車を積極的に呼ぶ勇気を持つようにしてください。
手遅れになることのほうが、自分の脳の損傷も大きくなり、もっと周りに迷惑をかけることになります。

ちなみに脳卒中の症状は、急にろれつが回らなくなる。急に片側の手足の感覚がなくなる、手足が動かなくなる(倒れる)などのはっきりと自分でわかる異常です。
他にもいろいろな症状があるかもしれないのでそれはその専門のHPなどで調べて下さいね。
これは自分で「自分がおかしいことになってる」とすぐに気づきますので、素早い対処(救急車を呼ぶ)をしてください。
脳内出血の場合は精神的なショックや興奮状態にあるとき、また入浴しはじめの血圧が急激に上昇したときなどが危ないようです。
出血場所によっては脳幹やくも膜下など命に関わるので要注意です。

さて、すでに体はすでに元の状態に戻っています。
今年になってからボイトレも頑張ってます。
8/25(土)の東京倶楽部本郷三丁目店のライブは頑張ります。
来ていただけるお客様が楽しめるライブを目指しますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

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